アラフォー女子の人生録 起業~婚活~妊活~資産運用~老後対策

気づけばもうすぐ34歳。残りの人生の事を考えた。一体自分はどこにたどりつきたいのか。そこから溢れ出す沢山の疑問。自分とは、人生とは、家族とは、幸せとは。自分なりに考えて答えをだそうとする私をモニターしていくためのブログです。独りよがりの傾向が強いので、おすすめできないブログです。

評価されない人は、行動と意志が伴ってないのが原因

友人がからの会社の口の話

 

会社から評価されないのは、何故なのか。

人より仕事を自分から取りに行ってる、

いつも先回りして、他人のリスクヘッジまでしてあげている

土日も働いている

 

なのに、評価されなかった。

むしろ自分より仕事していない同期のほうが評価がいい。

 

なぜだ。

 上司は何もわかっていない
俺のやり方が一番良い

こんな、会社やめてやる!

評価基準が、おかしい。

自分の能力を活かせない環境だ。

 

 

私は思います。

できる、人間はどこいっても評価されます。

たとえ、評価基準がちがっても。

なぜなら、評価する人は人間であることには、

変わらないから。

多少違いはあっても、大きくかわらないかと。

同じような学歴で、

面接が何個も受かる人、全く受からない人が、

いい例かも。

 

まずは、環境や、人のせいにするのではなく、

どこが、悪いのか、

なぜ、評価されなかったのか、

自分がまちがっていたのかもしれない。

と、自問自答することができると、

成長できるのかも。

 

こんなとき事こそ、成長する時だとおもうと、

腹立つけど、評価されない自分と、

冷静にむきあえて、何か課題がみつかる。

 

腹立って、周りのせいにして、

不満を、持ち続けるより、

課題を見つけて、それをこなしていくことをしていくほうが、同じ働く、でも、よっぽどやりがいがあって楽しい。

 

評価されたいのが目的であれば、

会社や評価する人が必要なことを、

見極めて、それをすることに、徹すること。

良かれと、思ってしていることは、

あなたが、主観的に大事だ、必要だと思っているだけで、相手にとっては、必要ないことの可能性もよくある。

空回りでおわってしまってるパターン。

 

上司からすると、

仕事ができないくせに、えらそう。

自分勝手に行動するからめんどくさい。

 

という評価になりやすい。

 

自分の信念を突き通すなら、相手や評価を、期待をしないことが前提として必要、

それを忘れがち。

 

もしくは、評価されたいのなら、評価される人間になるように、演じることも必要。

 

信念を突き通すなら、不満をいうより、行動してください。

社内に残るのであれば評価されるシステムづくりをするか、はたまた、転職するのか、自分で仕事を、立ち上げるかの選択に入りますね。

不満を次へのバネにしてください。

 

でも、大抵そこまではしないと思うので、

サラリーマンであれば、多少演じることが楽かなと。

 

 

負けず嫌いな性格が、マイナスに作用した私のパターン

運動も勉強もポテンシャルでそこそこいけるのは、中学校まで。

 

高校の受験で少し努力がいるが、

このタイプは評価が高いので、

そこそこの高校が狙える、

たとえ、勉強しなくても。 

 

私はまさしくそのパターン、

運動も勉強も、頑張らなくても、

ポテンシャルで、いつも上の中。

 

高校、合格

塾も中学に少しいっただけで、

周りよりはかなりは、

はるかに勉強量は少なかったはず。

 

 

だが、入学してからは、今までみたいに評価やポテンシャルだけでは通らない。

 

テストでは、うしろから数えたほうが早くなった。

もちろんそうだよね、

周りはポテンシャルがある上に勉強している。 

劣等生。

 

はじめてそのレッテルを貼られた。

 

といっても、それが勉強をがんばるモチベーションとなればよかったのだが、

そもそも勉強の習慣が全くなかったので、

スイッチが入らない。

 

そんなこんなで、

みんなが大学受験のために、

四苦八苦していたが、私は、全く無関心。

 

高校時代にであった他校の友人と、

遊んでた。

交流の幅が広がることで、

様々な価値観と出会い、

それが新鮮で楽しかった。

 

高校生活よりも、それ以外の刺激のほうが、

私には魅力的にうつり、

完全に高校生活で学ぶべきものを、

放棄していた。

 

勉強しても、どうせ今更逆転できないし、

やるだけ無駄ーそんなことよりも、

もっと楽しいことがあるし。

 

何でも一番の私が、

一番にならない土俵にはとびこまないんですね。

 

一番になれる可能性のある分野でしか、

頑張らない。

負け試合には参加しない。

 

 

この考え方なら、頑張ることを自然としなくなりますよね、

だって、一番になれる可能性のものって、かなり少なくなる。

交流の幅がふえる事で、

ライバルが増えるから。

 

あっこれ私のほうができそうかな。

やっぱ、無理、あの子の方ができる、

やーめよっと。

 

こんなことの繰り返しだったような。

劣等感を感じることを、極力避ける日々。

 

諦めるのが早く、

なにごとも続ける努力をせずに、放棄。

 その場の勝ち負けでのみ判断しているからですね。

 

 

 

もし高校生の自分が、

この先にこうなりたい、というビジョンを曖昧でも、もっていれば、

その時点での勝ち負けなど、

どうでもよいことだと思えたはず。

今は、負けたかもしれないけど、将来勝つんだといって、すぐに諦めずにすんだんだと思う。

また一時的な欲求に流されずにも。

 

私みたいな負けず嫌いな性格には、負けることで、大きな反発力が生まれるので、モチベーションの着火剤にもなったはず。

 

負けず嫌いの性格は、粘り強くなるか、

諦め癖がついてしまうのか、

目標があるかないかで、大きく差がでるとおもう。

 

 

こうみてみると、

私は他人とだけでしか勝負してないんだなと。

いつも他人と比較をしている。

無意識に、他人と比較して、優劣をつけていて、

そこから生まれる劣等感から、目をそむけてるだけ。

 

そこに、目を向ける勇気があれば、

劣等感を素直に受け止められることができた。 

そこから生まれる悔しいという感情をもバネにがんばれたはずなのだ。

 

私には足りなかったこと、

目標と、自分を受け入れる勇気

 

 

 

 

34歳を迎える年、自分の人生振り返ると。

皆さん、自分の人生振り返ることはありますか?

私は思い出すことはあっても、

意識的に振り返ることはありませんでした。

 

過去は振り返らない主義なんです。

といえば、そうなんですが、、、

 

これからの人生どうしていこうかと考えたとき、

なかなかイメージが沸かなかったんです。

 

自分はなにをしたいのか。

どんな未来の自分になりたいのか。

 

今まで考えたことなかったので、当然なんですが。

 

その問いかけと、同時に、

自分とはまず、どんな人間なのか、

そんな疑問が突然湧いてきたのです。

 

 

わたしは、どんな願望があるのか。

 

あのレストランにいきたい、

あの服買いたい、

旅行にいきたい、

懐かしい友達に会いたい、

 

つまらない、抽象的すぎる!!!

 

 

急に不安になりました。

 

 

20代も、ほぼほぼ、

無意識に過ごしてきたように思います。

いかに、楽できるか、だけを追い求めていたような。

 

ふいに、無駄にすごしてきたように思いました。

 

私は20代を無駄にすごしてきた、、、!

 

特に成し遂げたこともない。

 

普通に仕事して、旅行いって、習い事をして、恋愛をして。

特に自慢できることもない。

これといって苦労も努力もした覚えがない。

 

これって、人としてありなの?

何となく楽して過ごしたってかんぢ。

成長してないんぢゃないこれって。

 

この年になると、

周りの人はきちんと、経験や知恵を蓄積して、

夢を実現していってる。

お母さんとして立派に主婦もこなしてる。

 

私は独身。

 

さらに振り返る。

 

小学生のときの私は、死ぬほど習い事をして、

必死にいろんなことを学ぼうとしてた、

8個くらいはしてたな。

水泳もインストラクターの資格をとったし、

シンクロもしてた。

ピアノはピアノとエレクトーン、

習字に油絵。二科展に入賞もしたなー。

運動も走れば学校で一番、

スポーツテストも学校で一番、

学級委員長にも選ばれたりして。

好奇心のかたまり。

行動力抜群!

 

もちろん勉強もがんばったので、

通知表もめちゃくちゃよかった。

がんばったらがんばった分だけ、

自分にかえってくるのが、

その頃から分かってたんだろうな。

 

一番生きてる実感があったような気がする。

 

達成感、充実感、

小学生のころの私は自分を、

成長させるために必死だったな。

 

小学生なのに、えらいよね。

自画自賛みたいになっているが、

今の自分を考えると、おなじ人物に思えないんですよ。

 

そんな頑張り屋さんで充実した日々を送っていた小学生でした。

 

いつから、私は変わったのだろうか。